ご あ い さ つ

グァテマラ国立管弦楽団のメンバーと

 事の外暑い夏も過ぎ再び秋がめぐってまいりました。宇宙は狂うことなく運行し、季節は確実にめぐってまいります。その途方もなく長い年月、人はなぜ無意味な戦争を繰り返すのでしょうか。尊い命を犠牲にして。
 9月11日のアメリカにおけるテロ事件は、あまりにもショックな出来事でした。崩れたビルのむこうに広がる青空を見ているとこの美しい地球を私達一人一人が守っていかなけらばならないのに……となんともやりきれない悲しみで言葉もありません。
 忘れもしない1996年の4月、2回目のパリコンサートを終えたあと、胸をときめかせながら降り立ったニューヨーク。目の前に広がる高層ビル群は強烈でした。何もかもがCon brio でした。まさに"今"を生きているという躍動感にあふれていました。感嘆の声をあげて見上げた世界貿易センタービルが5年後にこんな事になろうとは、あの時いったい誰が予想できたでしょうか。夢想だにしなかった事です。
 このニュースを知った時、私はちょうど11月23日のコンサートに向けて"遥かなる大陸"という曲のオーケストレーションをしている真最中でした。この曲は1998年のコンサートですでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、'98年に初めて中米のグァテマラを訪れた時、飛行機の窓から眺めたアメリカ大陸の印象が基となって、現地グァテマラのスタジオの中で書いた曲でした。ニュースを知ってからの私は、スコアーに向かっても筆は進まず、ピアノに向かえば悲しみに満ちた旋律ばかりがあふれてくるのです。―――いったいこんな時この私に何ができるのだろう―――。脳裏を"ひとつ"のメロディーが空しく流れてゆきます。"人と人がとけてひとつ 今日もしあわせ感じあいたい 国と国がとけてひとつ その日を祈って今日も生きる"。おととしの8月6日の広島原爆記念日にグァテマラで祈りを込めて"ひとつ"のオーケストラの初演を行った時の事を思い出しました。また、今年のグァテマラでのリサイタルの時、司会をしてくれたオーケストラのオーボエ奏者が"ひとつ"の詩の朗読をしながら、胸を詰まらせていた事を思い出しました。 1996年に――この曲は急がなければ――という強い信念で他の曲を待たずしてアルバムより先にシングルCDとして世に出してから、もうすぐ5年が経とうとしています。祈りがかなうまで弾き続けようと歩んでまいりましたが、売り込みもせずに自然にまかせてきたこの歩き方ではたしてよかったのだろうかと、この曲を授けてくれた大いなる何かに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。奇しくも今年の8月21日私のグァテマラの帰国と同じ日、にボストンのバークレイ音楽院に留学していたCDアルバムでもおなじみの永堀智子さんが、私の作品の英語バージョンの打ち合わせの為に3年ぶりに帰国し"Hitotsu"の英語バージョンの音合わせをしたところでした。    また、時を同じくして帰国した翌日一通の手紙が届きました。(後ほど皆様からのおたよりのコーナーで紹介させていただきます)その中にはハンガリー語の"ひとつ"のカセットテープが入っていたのです。早速テープを聴いた私は感動で胸が詰まりました。なんと邪気のない美しい天使のような歌声でしょうか。思わずハンガリーまでフリッチさんとピロシュカに会いに行きたくなりました。また、つい先日も飛騨高山テレ・エフエムからお手紙とカセットテープが届きました。それは9月12日、ちょうどテロ事件の翌日の夜、高山Hits FM という番組の中で"今日−虹を渡る日"と"ひとつ"が流れ、番組の最後に私のプロフィールと曲目解説が紹介されたという報告のテープとお手紙でした。
 また、ロンドンからもFAXが入りました。10月にロンドンで"Hitotsu"の英語バージョンを歌いたいので、この曲が出来た時のエピソードとプロフィールを教えて下さいという内容のものでした。さらに、知人から"高橋晴美inワルシャワ"のCDを聴かせてもらい大変感動したという中国の琵琶の奏者から"ひとつ"を是非演奏してみたいというお手紙が届きました。これらの"ひとつ"にまつわる事柄を一つ一つ思い起こしてみると、まるで私に今何をすべきかを教えてくれているように思えたのです。そのようなわけで、今回の「Let'sはるみんぐ――今月の歌」は"Hitotsu"の英語バージョンに致しました。
 一人一人は小さな存在です。でもその一人一人の愛が集まったら、一人一人の祈りがひとつになったら、きっとそこから何かが生まれこの美しい地球に何かを発信してゆけるに違いないと思うのです。
 ふと先日の大塚由乙さんのコンサートの事を思い出しました。コンサートが終わった時、大塚さんが指導なさっている高校生の生徒さんが大塚さんにこう言ったのです。"先生、今この会場に一番いっぱいの愛があるね"と。何とも嬉しい言葉でした。
 11月23日のオーケストラと合唱のコンサートは、セシオン杉並の大ホールからみんなの愛と祈りがひとつとなって世界に向けて発信してゆくようなコンサートにしたいと思っております。同じ"時"を皆様と共有できる事を心から願っております

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高橋晴美


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