高橋晴美の世界を語る  −新たな出発に寄せて−


 磯崎 博史

  高橋晴美さんの演奏と出会ったのは1995年7月、実力派フルーティスト・鈴木康子さんのコンサートにおいてであった。主役が美しい音色でドライブ感たっ ぷりに吹いていく中、それをしっかりと支え、息の合った共演を聴かせてくれたのは初めて耳にする高橋晴美トリオ。リーダーの高橋さんによるピアノは、明る く、柔らかく、そしてとても温かい音色を奏でていた。それは、奏者の人柄がそのまま表れていると思うしかないほど、優しく、深い愛情を感じさせる音であっ た。
 その時抱いた私の心証は、翌々97年の夏に確信に変わる。日比谷のシャンテで、高橋さんのオリジナル曲がまり遥さんらによって熱唱されるのを聴いた時、 私は高橋さんが作り出す音楽の清らかさと優しさ、そしてその底流にある深い愛を感じ、大いに幸福な気持ちを抱いた…。


 …そんなすばらしい音楽世界を垣間見て、もはや私は冷静ではいられなくなっていた。翌98年、高橋さんのご自宅に直接お電話して初めてのご挨拶をさせていただき、そして当時出たばかりだったファーストアルバム「MY ETERNAL LOVE −高橋晴美の世界−」をお送りいただいた。
このファーストアルバムの文句なしのすばらしさ! それは今でも筆舌に尽くしがたい。歌詞も含めた楽曲の構成要素全体が、高度な音楽美で包まれているということにとどまらず、すべての曲が、3年前に私が抱 いた心証を力強く肯定するように、作り手の人間愛であふれているのだ。正直に言って、満を持して作り出された音楽世界の深淵にまず驚き、そして心の底から 感動した! 「世界」というタイトルに偽りなし!! その時から、私も“高橋晴美の世界”の住人となった…。
私は、高橋さんの作品を“必然のかたまり”だと思っている。ファーストアルバムのライナーノーツの冒頭にも記されていることだが、高橋さんご本人からも 「歌詞とメロディーが同時に浮かんでくる」ことをおききした時、私は強い感慨を抱き、少しの間言葉を発することができなくなってしまった。それはまさに必 然そのものではないか、という思いで胸がいっぱいになったからである。


 もはやそれは、メロディーを伴った歌詞なのか、歌詞を伴ったメロディーなのかということを断言できるものではなく、唯一、「高橋晴美によってもたらされ た、歌詞とメロディーの幸福な出会い」としか言いようがないものと思える。歌詞はメロディーという力強い味方を得、メロディーは歌詞と溶け合い、両者は一 体となっている! …歌詞とメロディーの“一期一会”が連綿と、高橋さんという作り手の中で奇跡的に生じ続けている。まるで、彼女によって結ばれることを待っていたかのよう に。その幸福な結びつきの、絶えることのない源泉は、今を生きる高橋晴美その人自身である。


 すでに多くの人が証言しているように、高橋さんの作品には凡作がない。すべてが血の通った傑作、名作、良作ばかりなのだ。なぜなら、上述したことからも 理解できるとおり、“作曲のための作曲”や“作詞のための作詞”を当の作り手本人がまったく行なわないからである。創作において、彼女は常に必然を生きて いるのである。
 そして、これはおかしな表現かもしれないが、高橋さんの作品は、人間によって作られたものでありながらも、人工的な匂いがまったくない。楽曲構成をはじ めとして、そのすべてが自然なのだ。たとえば、楽曲の展開部で、メロディーとリズム、そして和声が一挙に変化を見せる時も、まさに「待ってました!!」と 言うしかないものを感じてしまう。まるで、彼女によって紡がれるのを待っていた音と音の出会いの喜びの声が、そのまま一つの楽曲となって生まれてきたかの ように思えることもしばしばである。


 もちろん、生まれながらにして持ち合わせたたぐいまれな音楽的才能と、クラシック、ジャズその他多くのジャンルの音楽の研鑽と豊富な演奏活動で培った、 プレイヤーとしての高度な技量、そして自身のコンセプトをそのまま(精緻なスコアとしても)形にできる作・編曲家としての力量の高さが、そんな見事な創作 活動を支えていることは言うまでもない。しかし、それらは当然ながら目的でもなんでもなく、高橋さんにとっては、作品を通して自身の想いを伝えるための手 段であるだけだ。 そこで歌われる想いとは、とりもなおさず“愛”である。
 心の深奥までしみわたる名曲「海よりも空よりも」の歌詞でストレートに綴られているが、ある時高橋さんは私にも直接「“ごく身近な一人の人間を徹底的に 愛し抜く”ということなしに、本当の人間愛にはたどり着けない」と確信を込めて語ってくれたことがある。その時彼女は、「“一人の人間を徹底的に愛し抜 く”過程の中で、人は愛すること、愛を与えることを学び、それを通して普遍的な人間愛に到達できる」ということを教えてくれたように思う。


 …「今日−虹を渡る日」をはじめとした多くの作品を通じて我々は、高橋さん自身が現実において、一人の人間としてさまざまな苦しみ、悲しみに攻撃されな がらも、人間としての良心と誠実さを守り通しつつ、それら難題を克服していった軌跡を感じ、胸を打たれることが多い。


 そのような、つらい出来事も含む数々の経験の中で、人としての気づきがより深く高橋さんの愛を醸成し、作品のクオリティーをも高め、さらにその作品を生 み出す過程で作り手自身が人間として、音楽家として一層の成長を遂げ……ということの連続が、高橋さんの人と音楽を愛にあふれるものとしたように思えてな らない。
 謙抑性の極めて高い人格を持つ高橋さんは、ご自身に関するこういう表現を望んでいないかもしれないが、2004年5月の「愛のコンサート」のプログラム で指揮者の小松一彦氏もドヴォルザークやフォーレに例えて述べているように、彼女の音楽には、西洋古典音楽の大作曲家たちの作品にも通じる深い属性を感じ る。たとえばそれは、人間を遙かに超えた存在への敬虔な想いであり、子供にもその本質を理解できるほどの、まったく損なわれていない純真さであり、作品そ のものが癒やしと言えるようなおおらかさである。さらに、人間の尊厳の遵守と歓喜の高らかな表明であり、優しさと気品である。…そして高橋さんの作品に は、“強い愛の表明”という最大の特徴がある…。
 もちろん、人間一人ひとりの心にはこれらすべての属性が備わっているはずと言えるが、高橋さんの場合、それらがすべて、作品に表出されていることに驚き を禁じ得ない。彼女の作品に耳を澄ます時、我々は、音楽が人間に与える感化の大きさを実体験し、あらためて強く認識できるのである。


 私は、高橋さんの音楽に触れて、思いやりは技術論では説明がつかないこと、技術として身につけることは絶対にできないこと、そしてその(=思いやりの) 源泉はあくまで愛であること、を痛感させられてしまう時がある。…今も、貴重な学びがそこにあるのだ(笑)。


 …さて、高橋さんは昨年2005年いっぱいで以前の事務所を離れ、今年2006年の幕開けと同時に、新しい形での活動を開始したという。
 私が初めてその音色を聴いた、伴奏の仕事をしながら作品を発表していた時代から、回を追うごとに充実していったオリジナルコンサートを経て、記念すべき ファーストアルバムのリリースと支持者の激増、そして「高橋晴美の音楽ネットワーク」設立と会報誌「夢飛行」の創刊、海外にまでわたる広範な演奏活動、金 字塔と言ってよいワルシャワ・フィルとの共演CD、全国で歌われるようになった合唱曲、そして、活動の集大成と言える「愛のコンサート」と初のディナー ショー、さらに、とても大きなコラボレーション企画の実現……。


 …「この約10年の間、本当におつかれさまでした!」と心の底から高橋さんに申し上げたい。その音楽を通して、聴く者一人ひとりが自身の“愛”を培うの を支援してくれたことへの感謝を込めて。そして、「ありがとう」と。…惜しみない拍手と、心からの賛辞を贈りたい。


 最後に、今回この一文をしたためるにあたり、ファーストアルバムから「愛のコンサート」までのすべてのCDをあらためて聴き通し、何度となく涙を流した ということをお伝えしておきたい。そして、その中で実感したのは、常に高い音楽性とともに、聴き手の数も演奏の規模も、大きく広がっているという事実であ る。これは高橋さんの“愛”が伝えられ続け、その名の通りネットワークとして確実に広がってきたことを、なによりも明らかに証明するものである。


 そのことを考える時、高橋さんにとって、この10年は本当に大きなステップだったと言ってよいと思う。そして、次のステップはさらに深く、大きいものとなるだろう。


 …メール配信の時代に合わせて、もしかしたら今回の冊子が、紙で作られる最後の「夢飛行」となるかもしれないという。そんな、ある意味で記念とも言える 号において、一つの締めくくりとして一文を寄せさせていただいたことに心からの感謝をお伝えしたい。そして今後も高橋さんが、その音楽に込めた“愛”で私 たちに活力を与え続けてくれることを確信し、新たな期待を抱いていると記しておきたい。


 高橋晴美さんと彼女を囲む私たちのステージは今、新たな幕が開いたばかり! 私が記している一文も含めて、この冊子自体がその始まりを告げるものなのだ!!
 …高橋晴美さんと共に行く夢飛行はこれからもずっと続く! もちろん、さらに高度を上げて。その音楽に込めた“愛”に曳かれる私たち一人ひとりの希望と夢を乗せて。
 これから高橋晴美がどんな世界を開いてくれるか、作り出してくれるか?! まだ見ぬ地平線の彼方に、世界で唯一彼女だけが作り出せる音楽、そしてそこに息づく“愛”との清新な出会いを、今から楽しみに待とうではありませんか!!
 


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