ポーランドでのレコーディング紀行
Part2

  彼女はニコニコして私を迎えてくれ、「Fantastic! Beautiful Music!」と言って、私の音楽に大変好感を持ってくれているようだった。私も「Thank you! Thank you!」 とにこやかに応えたが、内心はそれどころじゃなかった。私は、彼女にピアノの椅子を譲ってもらうように促し、「こういうリズムでこう弾いて欲しい、もし、難しいのならこの音はカットしてもいい。」というような事を、実際に弾きながら説明した。彼女は「O.K.!」と、再びピアノの椅子に座り、弾き始めた。

  そして、休憩が終わり、私はまたミキシング・ルームに戻った。再び録り直しを再開する。しかし、クライマックス、エンディングになると、緊張感でさらにピアノのミスタッチが多くなった。もはや、どつぼにはまってしまったらしい。“私が替わって弾いたほうがいいのだろうか。でも今更…。でも、このままではこの曲だけで終ってしまう。”結局、途中で打ち切って、次の曲を先に録ることにした。

  天野さんとの相談の結果、団員がかなりナーバスになっているので、“カンターレ”を録る事にした。私の曲にしてはめずらしく、“カンターレ”はフォルテから始まり、しかも金管からイントロが始まる。ホルンをはじめとする金管群はとてもいい音がしている。待ってましたとばかりに、金管群が元気に響き渡る。気を取り直したように、演奏はわりとスムーズに運ばれていった。
録り直し風景

 

 しかし、天野さんが言った通りだった。「彼らはアッチッチだから」という言葉の通り、クライマックスになったら、どんどん走って、走りまくって、ストンと曲が終ってしまった。参った! 彼らはアッチッチだからとは、よく言ったものだ。大抵の場合は、曲が盛り上がって、クレッシェンドしてゆくと、加速度がついていきがちである。自然な人間の生理的欲求なのだ。しかし、半端でない。曲の持つ重厚感、どっしり、じっくり感がなくなり、別の音楽になってしまう。特にピアノと打楽器群がアッチッチになって、ブレーキが効かなくなるから、まわりがつられてゆく。もう時間との勝負だ。これ以上押さえても、もうだめだろうという、ギリギリの許容範囲でOKを出した。

 もう時間がない。残された数分間で“今日−虹を渡る日”のエンディング部分を私が弾いて録り直しをしたい、とサーシンに言う。階段を駆け下りてステージに行き、団員の間を通りぬけて、ピアノのところまで行く。後に後悔を残したくないから、どうしても納得のいくまでベストを尽くしたかった。ピアノの椅子に座っている彼女に、私と弾くのをチェンジして下さい、と告げる。フィルハーモニーと初めて一緒にピアノを弾くのが、こんな形になろうとは…。だが、この曲を録ることが長い間の夢だった私にとって、何としてもやりとげなければならないのだ。あれだけうるさく注文を出しておいて、ここでこけたら目もあてられない。両肩に責任がずっしりかかる。

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