ポーランドでのレコーディング紀行
Part2


 天野さんは、メトロノームを使い、テンポを出す。そして指揮棒が振られた。何とも言えない最高の緊張感の中、全身全霊を込めてフォルテッシモでスタインウェイのフルコンを弾く。断崖絶壁の綱渡りの気分だが、私は結構、この追い詰められた感じが好きなのだ。本当に一瞬に命を傾けて生きている事を、全身で感じることが出来るからだ。

  ドラマチックなエンディングはやがてディミネンドして、曲は静かに終わった。「ジンクィーエン。」というサーシンの声が流れ、1テイクで終わった。あっけなく終わってしまった後、録り終えてほっとしたのと同時に、始めから自分が弾くべきだったのだろうか、という複雑な気持ちが残った。自分が作曲家であると同時にピアニストであるということの立場の難しさを、初めて思い知らされた。作曲家の立場で言えば、全体の指示をしなくてはならない。しかし、ピアニストとして、オーケストラの中で弾いてしまうと、プレイバックを聴けない状況の中では何も言えない。難しい問題である。

 結局、この日も3曲録る予定が、2曲になってしまった。こうなると、明日のレコーディング曲は必然と決まる。“ひとつ”、“祝福のうた”、そして、最後に“父の手”のピアノ・バージョンだ。果たして、3曲録り終えることができるのだろうか…。 天野さんは、相当疲れているのに、一言もこぼさない。いつも穏かで微笑みを忘れない。その夜は、夫が無事に着いたこともあり(荷物も遅れ馳せながら、無事に到着) ホテル・マリオネットで、初めてお疲れ様の乾杯をした。深夜になってもテンションが張り詰めたままの私は、この旅で初めてカンパリソーダを飲んだ。(次号へ続く)

 

今日−虹を渡る日”の演奏風景
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