ポーランドでのレコーディング紀行
Part3

 

 サーシンの声がスピーカーからホールに流れる。オーボエのAの音が鳴り、いっせいにチューニングが始まる。真理ちゃんと顔を見合わせ、ほほえみ交わす。指揮棒が振られ、第一ヴァイオリンのDの音が響く。“空と海がとけてひとつ”の歌が静かに始まる。このメロディー、この弦の音を聴くたびに、“ひとつ”の歴史のようなものが、懐かしさと共に、脳裏に浮んでくる。1995年、阪神大震災チャリティーコンサートでの初演。1996年のレコーディング。昨年のグァテマラのオーケストラとの共演。

  この曲に関しては、本番をこなしてきているので、全体の指示は夫に任せた。しかし、かえりのないスピーカーのない状況でマイクを通して歌うことは、容易ではない。何回かTAKE を録り、そしてカラオケを録った。真理ちゃんもかなり疲れてきているようだ。ちょうど旅の疲れが出る頃だ。しかし、時間はない。楽団員はこのまま、続けたいと言うので、“祝福のうた”に入った。この曲は最初から最後まで、弦だけで演奏するため、他の楽器の人は休憩に入る。コン・ソルディーノ(弱音器をつけた状態)の、なんともおごそかな演奏に、全身の震えさえ感じた。なんと美しい弦の響きだろう。             

エンジニアのサーシンとアシスタント

 

  しかし、テンポが どんどん失速してゆ く。真理ちゃんも疲 れのピークに達して いる。ここで休憩を 入れる。その間に、 “父の手”のハープ のパート譜のコピー をセロテープで貼り つけ、弾く所と弾か ない所の指示を書き 込む。そして、ステ ージまでパート譜を 置きに行く。休憩が 終わり、“祝福のうた” のカラオケを録る。 手に汗握る思いで耳 を傾ける。終わっ た時は、真理ちゃ んを抱きしめたい 思いだった。 いよいよ最後“父 の手”だ。あと残 り15分しかない。

 大急ぎで階段を駆け下りてゆく。この数日間、ステージとミキシング・ルームとの階段の昇り降りで、少々筋肉痛だ。ハーハー言いながら、ステージ後方から弦の合間をぬって、ハープの所まで行く。弾く所と弾かない所を説明して、ピアノの椅子に座る。天野さんとテンポの確認をする。しばしの静寂の後、指揮棒が振り下ろされ、イントロが始まった。もうその途端から、胸がつまりそうになる。「まいった! 泣かないようにしなければ・・」イントロが終わり、ピアノ1本で真理ちゃんが歌う。“ピアノの上に飾った額に遠い昔の父と子の写真”ビオラが静かに入ってくる。なんと幸福な時間なのだろうか。

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