梅雨に入った途端に、紫外線が降りくる日々が続いておりますが、皆様お元気でいらっしゃいますか。紫外線アレルギーが出るようになった私にとりまして、要注意の毎日ではありますが、コンサートが無事に終わり、心の中は愛と感謝に満ちた日々が続いております。
6月15日は、『ひとつ』『母に贈るうた』初演30周年を祝うかのように、30年前と同じ神奈川の地で、「人そして、自然に贈る愛のコンサート『高橋晴美の愛と希望の世界』」が開催されました。30年の感謝報恩の機会をいただけたことが嬉しくてなりませんでした。あの時司会をされていた方や受付や切符のもぎりをして手伝ってくださった方が、今回も合唱団として歌ってくださり、感謝感激でございました。前日は機材搬入とリハーサルが行われた後、手作りの美味しいお食事をいただきながら、現地のスタッフの方々と交流を深めさせていただきました。
その夜、なんと母の夢を見ました。
何故か私が母の心肺蘇生をしているのです。そして、母が蘇り、いつものように会話をしておりました。幸せな夢でした。きっと、母は聴きに来てくれる!そんな風に思い、本番はありったけの感謝の想いを込めて演奏させていただきました。
『母に贈るうた』はパリでのデビューコンサートに出発する直前に授かった曲でありますが、『ひとつ』は阪神淡路大震災のチャリティーコンサートのリハーサルをしていた4月20日に授かった曲でしたので、既に最終曲とその歌い手さんが決まっていたため、第1部の最後に持っていき、李京順さんに歌っていただきました。今でも、『ひとつ』を歌い終わった後の会場の盛り上がりは忘れられませんが、この神奈川でのチャリティーコンサートが、その後の自分の生き方、役割というものを教えてくれたように思うのです。
この日ご来場いただいた方々から、沢山の感謝のお言葉をいただきましたが、その中でも、
というメールを拝見し、少しでもお役に立たせていただけたことを知り、嬉しく思うと同時に大きな励みをいただきました。年々、色々な故障が起きる身体になってまいりましたが(笑)、七転び八起きで、全ての事は良くなるための事!と感謝で受け止め、又前進してまいりたいと思います。暑さが厳しくなりますが、どうかくれぐれもお身体お大切にお過ごしくださいませ。
今日は6月23日、沖縄戦終結の「慰霊の日」。1945年から80年が経ち、戦争体験者の方、悲惨な戦争を語り継ぐ方がだんだんといなくなりつつあります。あれほど痛ましい戦争の傷跡を残したにも拘らず、テレビをつけると連日戦いのニュースばかりが飛び込んできて、懲りもせずに血みどろの戦いを繰り返している人間の愚かさにやるせない気持ちになります。
平和の礎にお名前が刻まれている方々お一人お一人が、あの美しい糸満の空と海に向かって恒久平和を祈って眠っておられるお姿が目に浮かび、後を託されている者たちが、犠牲となられた方々の命を決して無駄にしてはいけない!と思いを新たにさせられます。 昨年は沖縄の『平和の礎』で祈らせていただきましたが、
今年は毎月、カントハルモニア、オーケストラアンフィニ、そしてコーラスハルミオンの皆さまと共に、祈りを一つにして、世界中に平和への祈りを発信し続けてまいりたいと思います。
The sky and the sea becoming Hitotsu.
I want to live, merge with your heart.
The sky and stars becoming Hitotsu.
I want to live, join in your life.
Pick a wild flower for your room, Hitotsu
I will give you peace of mind every day and every night.
One thing new I can do for you, Hitotsu.
I want to be born a new each day.
People and People becoming Hitotsu.
With them I want to share happiness every day.
Countries and countries becoming Hitotsu.
I will live each day believing such a day will come.
『ひとつ』の英訳に携わってくださいました、故余宮滋敏様、そして石井智子さんと共にメロディーに乗せるために素敵な訳を完成してくださいましたMr. Dieter Weslowski にあらためて心より感謝申し上げます。
このたびは、『ひとつ』が誕生して30周年を迎えられましたこと、おめでとうございます。
高橋晴美さんの『ひとつ』は、私にとってとても特別な歌で、たくさんの思い出が詰まっています。
1998年、アメリカに留学していた頃、晴美さんから『ひとつ』のCDに掲載されている英語の直訳の歌詞を、メロディーに乗せて歌える英語の詩にして英語バージョンの『Hitotsu』を作りたい、とのことを伺いました。そしてなんとその作業を私にお願いできないかと尋ねられました。しかしその時、私の拙い英語力では、どんなに頑張っても直訳がやっとで、詩的に作るなどとても出来ないと思いました。そんな時、ふと、大親友のディーター(Dieter Weslowski) の顔が浮かんだのです。
彼は私の歌の英語の発音を教える鬼コーチ、また語学学校で英語を教える先生だけでなく、プロの詩人家、歌い手としても素晴らしく、そして晴美さんのCDアルバム『My Eternal Love』の中で、私が歌わせていただいた、『海よりも空より』の大ファンだったのです。
彼しかいない、と思い、早速歌詞作りをお願いしたところ、「智子がどこまでHarumiの日本語の詩の内容を僕に英語で上手に伝えられるかにかかってる....」、、、と。何とも彼らしいオッケーサインでした。
それから私とディーターの二人三脚での創作活動が始まりました。日本人なら手に取るように分かる心の表し方も、英語で直訳してもディーターに首を傾げられることが多く、それを上手く伝える英語力が私には無く、幾度となく作業が中止になりました。
いい歌詞ができたと思っても、今度はメロディーラインに英語のアクセントが合わない、とか、文字が足りない、多い、、、などなど、、、思っていた以上に難しい作業でした。ですから、何日もかけて『Hitotsu』の英語バージョンが出来た時の喜びはとても大きく、コロナビールで乾杯したのを覚えています。
あれから、27年が経ちました。
去年晴美さんから英語バージョンの『Hitotsu』のレコーディングオファーをいただいたとき、そんなボストン時代の青春が蘇ってきました。
晴美さんは、いくつかのバージョンを考えており、リハーサルの時に、英語バージョンの『Hitotsu』を、自由に歌ってほしい、とのリクエストをいただきました。最初どれくらい自由にしていいのか分からなかったので、少し控えめにメロディーラインを変化させ歌っていましたが、晴美さん裕さんが褒めてくださり、もっとやっていい、もっとやっていい、と煽ててくださるので、気がつけば心のブレーキを解除して、自由に大空を舞うような気持ちで『Hitotsu』を歌う自分がいました。リラックスして幸せな気持ちで歌わせていただきましたこと、感謝申し上げます。
この世界では、今も戦争や災害が後を絶ちません。だからこそ、「人と人がとけてひとつ」「国と国がとけてひとつ」というこの曲のメッセージは、ますます必要とされていると感じます。私自身も歌うたびに、その願いを強く抱きます。
『ひとつ』が生まれて30年。
この歌が、これからも多くの人の心に寄り添い、希望を灯し続けることを願っています。
石井智子
毎年2月は後援会の更新月にあたりますので、お手数おかけいたしますが、更新手続きをお願いいたします。
又、新規入会の方も宜しく御願い申し上げます。
・PCメールでのニュースご案内をご希望の方 | :年会費2,000円 |
・郵送でのニュースご案内をご希望の方 | :年会費3,000円 |
窓口からお振込みの場合 | |
・振込先 | :ゆうちょ銀行 |
・口座名 | :高橋晴美の音楽ネットワーク |
・口座番号 | :00180-1-446596 |
ゆうちょ銀行のATMからお振込みの場合 | |
・振込先 | :ゆうちょ銀行 ○一九(019)支店 |
・口座名 | :高橋晴美の音楽ネットワーク |
・口座番号 | :446596 |
・預金種別 | :当座預金 |
他の金融機関のATMからお振込みの場合 | |
・振込先 | :ゆうちょ銀行 ○一九(019)支店 |
・口座名 | :高橋晴美の音楽ネットワーク |
・口座番号 | :0446596 |
・預金種別 | :当座預金 |